喜びの舞
ある日の昼下がり、いつものようにレジを打っていたところ、ユーリ先輩(仮名)が踊りながら事務所から飛び出してきた。私の販売コンクール入賞を喜びすぎて、職場にいることも営業時間内であることも、頭の中から消え去ってしまったらしい。
彼女は店内の通路で踊ったままお客様と遭遇していたが、お客様は見なかったことにしてくださった。なんとも不思議な光景であった。
人見知りの奮闘
初めての販売コンクールが始まって数日後、新たに私の店舗の担当マネージャーになった方から、電話がかかってきた。
「のさんですか?初めまして。コンクール頑張ってると聞いたけど、どうですか?」
「できる限りの努力はしています。現在の売上げ本数は○○で、最終的には△△くらいになると思います」
「…すっげぇー!数字もすごいけどさぁ、の~ちゃんて、すごいやる気あるよね!それでさぁ、上位入賞すると、全店舗に結果が書面で通知されるんだ」
「はぁ、そうなんですか。載れるかどうかはわかりませんが、全力で」
「載って(はぁと)」
「あの自信はないですが、全力を尽くします」
「やっぱり良い子だねぇ。話には聞いていたんだけど。うん、じゃあ載ってね。今後ともよろしくねっ!近いうちに会いに行くから!」
物凄い勢いのあるマネージャーだった。実際にお会いしたら、どんな感じなのかなぁとぼんやり思った。
結局、人見知りを棚上げされた私は、コンクールで入賞した。
人見知りの行方
ある日、ユーリ先輩(仮名)がやってきて、おもむろに社内販売コンクールの話を始めた。
「人見知りには辛いイベントなのですが、この会社にいる以上、やはり全力を尽くさねばなりません」
そこで、私は「私も人見知りなので、あまりその手のイベントは得意ではないのですが・・・」と言ってみた。
「それは置いといて」
「いえ、元に戻して」
「では、間をとって、そこの棚に上げておきましょう」
そんなやりとりの挙げ句、私の「人見知り」は某ドラッグストアの棚上の在庫になった。それ以来、私の「人見知り」を見た者は存在しない。
人見知りの定義
ユーリ先輩(仮名)は「私って人見知りなんですよ~。ところで、の~さんは、髪を伸ばしているんですか?私みたくお団子頭にしたいですか?」と異動初日に言った。「人見知り」という言葉の定義は人によって大きく異なるのだな、と思った。
そして2ヶ月後
ユーリさん(仮名)という一見おだやかな女性が他店舗から異動してきた。仕事熱心で、上司からも先輩からもほったらかしにされていた私の面倒もよくみてくれる人だ。現在も何かと心配してくれて、異動先の私の元には各種資料を送ってくださっている。*1
そんな先輩と二人でレジに立っていた日の正午過ぎ、ユーリさんは来店されたお客様に挨拶をした。
「いらっしゃいませ、こんばんは」
ひき続き、私も挨拶することにした。
「いらっしゃいませ、こ、こ、こんにち・・・は」
ふと横を見ると、ユーリさんは笑いを堪えていた。
「すみません、復唱できませんでした」
「ごめんなさい、ちょっと辛いできごとがあって、帰りたくなってました」
「せんぱーい、置いていかないでー。私も日没後の世界へ連れてってー」
ユーリさんは、声を出さず、しゃがみ込んで笑っていた。
*1:私の元に資料が届かない理由はまた後日書く
元気にご挨拶
私の配属された店舗は不採算店舗と呼ばれていたらしく、だいたい17時を過ぎると店員が二人しか居ないという悲惨な状態だった。しかも、一人は無資格者な上に薬にも接客にも関心が無いという、何故薬屋で働こうと思ったのか謎な人物だった。
そうなると、お客様に不快な思いをさせないためには、私一人ががんばるしかない。そんな悲壮感を胸に秘め、挨拶だけでも元気よくすることを心がけていた。
その結果、私の口から発した言葉が「いらっしゃいませ、こんばんにゃ!」だったことは本当に残念としかいいようがない。
店内に20人ほどいらっしゃったお客様が、ドリフや吉本新喜劇のようにずっこけるリアクションを取ってくれたのが、唯一の救いだった